教材で教育革命! edupresso

HOME | 記事ページ1列

更新日 2017-01-19 | 作成日 2017-01-19

教師のキャリアアップ

■どこぞやの学校でしたか、こんなセリフが校長室に貼ってありました。「学び続ける教師こそ、教えることができる!」、こんなものだったと思います。私も、自分なりにいろいろな学びを追い求めていきました。

大学院


佛教大学大学院教育学研究科生涯教育専攻

修士論文「小学校教育における在宅学習・自主学習の支援方法ーe-learningの導入ー」
■佛教大学大学院教育学研究科生涯教育専攻課程に進みました。やはり、教職20年前後から進学欲が強くなり、かつ20年経った頃での再教育は必要ではないでしょうか。なぜなら、時代の変化は激しいし、時代の流れにおいていかれやすいからです。仮に、大卒で定年退職まで、何らの長期研修を受けずに、教壇だけに立っていたら、余程自分で強い信念とやり方(ノウハウ)がなければ、実に怖いと思います。最近、よく言われている「不的確教師」というのは、これも1つの要因ではないかと思ったりもしています。
■私の場合は、現場を離れないですむこと、関西以西であること、授業料が安価であること、この3つを条件に探したら、佛教大学が最適であるということがわかりました。それともう1つは、たまたま担当した教育実習生の方がこの大学学部の方で、とても教育熱心な方でした。今どき、珍しいなと思い、この大学の方針というのに興味をもったことでした。
■ここでの修士論文テーマが「e-learning」でした。院での学習や試験は、在宅ですが、たいへん学習になりました。学部ではできない専門的な学習ばかりでした。また、スクーリングでは京都に通算1カ月滞在し、龍宮城みたいな生活の日々をおくらせてもらうことができました。1人ホテル住まいで好き勝手ができ、若い方と触れ合えるキャンパス、熊本とは違う歴史と伝統のある京都での生活、親元を離れるとはこんな感じなのだろうなーと束の間の「学生」気分を味わったものでした。また、学友にはさまざまな職種の方がおられ、異業種交流になったことでした。詳しくは、以下のページを。そして、「教育学修士」という学位、「専修免許状」(小・中社会・高校地歴科・公民科)を頂きました。
■近い将来、博士課程も視野に入れていますし、他学部への編入というのも視野に入れています。小さいころからの夢、考古学を学習したいからです。要するに、自分をキャリアアップしていくことが重要です。

佛教大学通信課程

各種講座


(1)インターネット実験大学修了
■兵庫にある園田女子短期大学のインターネット実験大学に1年間通いました。「通った」といっても、サイバー大学でした。すべてインターネットを通した学習で、学びの価値観の大転換を受けたことでした。これが引き金となって、私の研究テーマが「e-learning」へと傾いていっていました。素晴らしい教材群でした。これからの新しい「学び」の形となりました。これは、実費だけのほぼ無料に近い形でした。

(2)情報教育推進コーディネータ受講
■ここの講義は優れていました。私はネット受講にはもれ、CD受講だったのですが、この4枚のCDのすごいこと、すごいこと、動画あり、講義あり、文字あり、テストあり、通信メールあり、何でもありの教材で、実に優れていると思いました。また、講義終了資格試験のすばらしいこと、コンピュータ室の設備設計、予算案計上、予算獲得のプレゼンのビデオとり、何でもありで、こんなテスト受けたことないという優れモノでした。この体験も、e-learningや130周年記念DVDに生かされております。それで、結局は何とか終了でき、2級検定資格試験の受講資格を得られました。つまり、実質的に3級をとったことになるわけです。もちろん、今では3年の資格期間を終え、何も資格はありません。

(3)学校図書館司書研修終了
■新しい制度が5年ほど前から始まり、私も将来のため、研修を終了しておこうと受けたのが、学校図書館司書講座でした。前任校では、その職にあやかりました。(実働はしていませんでしたがね)

(4)「くらしに身近な金融講座」
■金融広報中央委員会(日銀内)主催による、無料の金融講座です。本校が金融教育指定を受けるということで、この講座を受講したことでした。金融に疎い私には、大変ためになる講座でした。かなり難しかったです。


論文執筆


(1)公的論文執筆
■最初に赴任した小学校で、管理職より郡の研究論文に応募しなさいという命を受けました。そこで、論文書きが苦にならない私は、早速漁業実践を地域教材として書き、応募したことでした。これをきっかけに教職15年まで毎年書き続けたことでした。最優秀という栄誉に輝いたのは、再配地の中学校勤務時でした。「実践的社会科論」という名称でした。それ以外は、入選が多く、佳作もありました。少しずついい加減になっていったことを覚えています。
■しかし、これはこれで、1年間の自分の実践をまとめるという意味では、たいへん自分の財産になったと感じております。そのうち、ある年は県全体のものに応募したり、複数論文を応募したりという年月をすごしてきました。これが1つの自分なりの研修でした。やはり、それなりの書籍を読んで、自分で実践し、それをまとめて応募するという形の方がベストのようです。

(2)雑誌論文等々に応募
■教職2年目か3年目には、一般教育雑誌に論文を応募し、2点ほど収めてもらえました。これは超うれしかった思い出があります。公的論文で表彰状をもらう以上に、全国雑誌に載るというのがうれしかったですね。そういう意味では、誰かに読んでもらいたいという欲があるのでしょう。そのうち、雑誌社の方から、原稿依頼が届くようになり、ライターとしての道も歩むことになりました。「社会科教育」誌での連載や新聞連載等々の体験もすることができました。
■一番びっくりしたのは、JICAの海外派遣研修実践記録応募に「ガーナチョコからガーナが見える」という論文を提出したら、何とこれが当たり、本当にアフリカ大陸赤道近くの「ガーナ国」への海外派遣をゲットすることができ、夢心地でした。
■もちろん、子どものものも相当出品しました。最高は、お菓子実践で「自分の作るお菓子」という作品に数点出品したところ、最優秀賞をとることができ、その子は、何と4年生で5万円の大金をゲットしたのでした。

(3)研究授業
■今では、この研究授業は通算150回くらいいっているのではないかと思います。指導案を書いて、誰かに見てもらった回数です。新採用の頃、5月に管理職より授業を見せてくれということで、学期に1回程見せていました。もちろん、研究授業も毎年やったし、人権教育の研究授業等々も相当やりました。もちろん、一番多かったのは、中学社会か小学国語でしょうか。しかも、後年は指導案どころか、「研究覚書」と題して、授業をするにあたってのことを、数十枚のプリント冊子として配布しております。これらが全て教師修行となり、かつ論文へと昇華していきました。

各種研究会


(1)教育技術の法則化運動
■これへの参加が、今の私を決定づけています。教職3年間で授業に限界を感じていたころ、向山洋一氏提唱の「教育技術の法則化運動」に参加させて頂きました。当時は中学校教諭でしたので、珍しさも手伝い、向山氏からはたいへんかわいがってもらいました。法則化論文なるレポートを350本書きました。同時に、社会科の大家、有田和正氏との出会いもありました。有田氏には、現在でもお世話になっております。授業の腕、教材というネタ、これらのことを同時に学び、両氏の講演会や講座をおっかけたことでした。これが、「全国行脚」の始まりでした。ここからいくつかの本を書かせて頂くことができ、明治図書にはたいへんお世話になりました。現在は、「授業・教材開発研究所」熊本支部を運営しております。

(2)地元研究団体や学会
■地元においては、市社会科研究会には名前ばかりの参加で、資料だけ頂く、たまに研究授業を見に行くという触れ合いです。どうしても1つの研究テーマを追求するというのに、自分がなじまないようなのです。NIE(News In Education)には積極的に初期の頃から参加して、相当数の発表、公開授業、提案文書を報告することができました。また、一時期、熊本地理学会、地名研究会、熊本国際理解教育を進める会等々に参加し、数々の論文発表、公開授業、研修企画等々を行ってきました。
■その他、学会にも参画しました。日本教育技術学会では環境教育を、熊本地理学会では役員と中学校4つの授業改革案を発表させてもらいました。他にも、日本教育工学会、日本通信教育学会にも参加し、現在はNIE学会に参加させてもらっております。

(6)他からの依頼
■そんなこんなで、いろいろなことに首を突っ込んできたからでしょうか、いろいろなところから声をかけて頂き、仕事の依頼を受けました。有り難い限りです。最近では、ユニバーサルデザインシンポジウムの企画・実践(熊本県)、国土交通省のUD懇談会委員就任、UD実践でNCAAプレゼンコンペ東京大会出席、他県の講座依頼、メディアからの取材・番組作成依頼、他校の校内研修の講師依頼、講演会講師依頼等々です。これらの全てを引き受けてきました。また、校内においても、○周年記念誌の作成等々です。逆に、これらの依頼を受けると、できないようなさまざまな体験を可能にしてくれました。例えば、市電の中での授業、かつラジオ生中継です。あるいは、一般参加者400人の中での公開授業等々です。度胸も鍛えられていき、普通の授業では上がらなくなりました。
■ちょっと変わったものでは、小国町は町づくりの先進地ですが、この町づくり2期目の副塾長を依頼され、これもやりました。町づくりの視点を学ぶことができました。この視点は、次なる赴任地、旧波野村での子ども神楽の復活へとつながっていきました。熊本県民カレッジからの講師依頼(UDに関して)というのもありました。これらの全てが自己研修となっていったことでした。

教師のエスプレッソタイム


■教師用メルマガです。エスプレッソとは、「速い・圧縮・ディープ」という意味があるようです。日々の教育について、奇数週に、この視点にて教育情報をお知らせしております。重宝するかと思います!

エスプレッソタイム