大正時代

■大正時代の熊本市や一新小学校校区は、どんな様子だったのでしょうか。
■大正2年(1913年)には、熊本軌道(きどう)という鉄道が田崎ー百貫港(松尾方面)、田崎ー高麗門に開通しています。なお、明治44年に、菊池軌道(現菊池電車)が上熊本ー広町に鉄道を開設しています。
■大正8年には、現在の一新幼稚園のあるところに一新幼稚園を設置して、小学校は現在の箇所に移転します。
■大正9年当時の熊本市の人口は、約7万人でしたが、翌年10年には合併(島崎や横手などが加わりました)で大熊本市13万人になりました。また、私鉄菊池軌道、熊本軌道、御船鉄道、国鉄宮地線が開通しています。大正12年に、現在の箇所に市役所ができました。

■熊本市は、大正の3大事業というのがありました。その3つとは、上水道の設置、23聯隊(れんたい)の移転、市電開通でした。そして、その市電が開通したのは、大正13年(1924年)8月1日でした。昨年は、市電開業80周年だったわけです。ただ、上熊本線は、昭和になってからできました。なお、上水道もこの年に完成しています。それまでは井戸水等々を利用したりしていました。大正14年までに3大事業は完成しました。
 その当時の電車賃は、以下の通りです。
走るところ 片道 往復
熊本駅〜花畑町 7銭 13銭
熊本駅〜水道町 10銭 19銭
熊本駅〜浄行寺町 13銭 25銭
熊本駅〜水前寺町 16銭 31銭

■この3大事業をなしとげた市長が、高橋守雄です。7代目の市長で、近代都市熊本の生みの親とも言われています。写真は、高橋公園内(熊本稲荷神社の前)につくられた銅像です。高橋は、現在の熊本学園大学の創設者でもあり、ハンセン病解決にも力を発揮しています。
■一方で、災害も続きました。大正3年、11・12年と水害が記録されています。坪井川と井芹川の流域がひどく、横手一帯は湖となったようです。
年表










1912年
第1次護憲運動
森鴎外『阿部一族』(熊本に関係あり)


1914年
第1次世界大戦

1915年
中国へ21カ条の要求を提出
芥川龍之介『羅生門』

1917年
大正デモクラシー

1918年
シベリア出兵・米騒動・原敬の政党内閣

1919年
ベルサイユ条約
社会運動高まる
野口英世(現千円札)の黄熱病の研究

1921年
ワシントン軍縮会議・日英同盟廃止

1922年
全国水平社結成


1923年
関東大震災

1924年
第2次護憲運動

1925年
治安維持法・普通選挙法公布
ラジオ放送開始
川端康成『伊豆の踊り子』