昭和時代

■昭和時代の熊本市は、どんな様子だったのでしょうか。年毎に振り返ってみましょう。一新小学校の様子は、中学年の部で見て下さい。

<昭和2年>市電に続き、市営バスが走り出しました。全部で17台でしたが、この当時は人力車が812台、乗用馬車が4台、自動車が115台でした。
<昭和3年>NHK熊本放送局でラジオ放送が始まりました。
<昭和4年>水前寺動物園ができました。
<昭和5年>市の公会堂新館が会館しましたが、43年に市民会館となりました。
<昭和6年>天皇陛下をお迎えし、陸軍の演習が行われました。この年に、現在の井芹川がつくられ始め、昭和10年に完成しています。戸坂の山を切り取っての作業で、井芹川は高橋で坪井川と合流しました。
<昭和10年>新興熊本大博覧会が開催されました。熊本市電が上熊本まで開通しました。
<昭和15年>本妙寺周辺におられたハンセン病患者の強制隔離収容という事件がおきました。
<昭和16年>太平洋戦争が起きました。
<昭和17年>九州日日新聞と九州新聞が統合され、熊本日日新聞社ができました。
<昭和18年>健軍に三菱重工業航空機製作所ができました。
<昭和20年>熊本大空襲で、大半が焦土と化しました。8月に玉音放送が流れました。なお、花岡山には、この戦争で亡くなられた方々の慰霊が祭ってあります。一新小学校校区は、戦争の空襲による被害は少なくてすみましたが、肉親を失ったりした人も多くいました。
 
<昭和21年>学校給食が始まりました。
<昭和22年>国民学校が小学校になり、新制中学が誕生しました。
<昭和24年>「火の国まつり」が開始されました。天皇陛下がご来熊されました。
<昭和27年>市立博物館ができました。
<昭和28年>6月26日に大水害が起き、多くの人(66%の人)が被害を受けました。死者206人、被害家屋が55664戸にも上りました。この時の土砂や段山をけずった際の土砂は熊本城の堀にうめられました。
<昭和31年>アメリカ駐留軍が熊本を去りました。
<昭和32年>大水害(7・26)で市の33%の浸水し、金峰山周辺の山津波で死者171名、行方不明者を多数出しました。
<昭和33年>NHK熊本テレビ局が開局しました(34年に熊本放送局開局)。また、天皇陛下がご巡幸で立田山や水前寺をご覧になりました。高校野球大会で済々黌が優勝しました。
<昭和35年>熊本空港が完成しました。熊本城天守閣が83年ぶりに再建されました。国体も開かれました。西保健センターもこの年に開かれました。
<昭和36年>新町獅子保存会ができました。「牡丹の舞」や「天拝の舞」などを舞い、赤色がオス、黄色がメスです。クリックすると、2005年の藤崎宮大祭の様子を見ることができます。
<昭和39年>カラー放送が開始されました。
<昭和40年>市内の全小学校にプールが備えつけられました。西部ゴミ焼却所ができました。
<昭和42年>県庁舎が出水にできました。
<昭和44年>熊本水辺動物園ができました。熊本市のマークができました。
<昭和46年>新熊本空港ができました。九州自動車道が開通しました。
<昭和49年>市の木に「イチョウ」、市の花に「肥後ツバキ」が選定されました。
<昭和50年>金峰山少年自然の家ができました。
<昭和51年>地下水保全としを宣言しました。
<昭和52年>西南戦争100周年記念式典が催されました。人口が50万人を突破しました。
<昭和53年>熊本博物館が新しくなりました。
<昭和54年>中国の桂林市と友好都市を締結しました。市制90周年を祝いました。
<昭和55年>水害で約16900人の被害者が出ました。
<昭和56年>熊本市庁舎が新しくなりました。
<昭和59年>市の鳥として、「シジュウカラ」が選定されました。
<昭和61年>西部清掃工場が新しくなりました。全国都市緑化くまもとフェアが開催されました。
<昭和62年>アメリカ・サンアントニオ市と姉妹都市締結をしました。
年表













1926・27年
今上天皇即位・昭和時代の始まり
金融恐慌
1931年
満州事変
宮沢賢治『雨ニモ負ケズ』
1932年
満州国建国・
5・15事件
1933年
国際連盟脱退・軍国主義に走る
1936年
2・26事件
1937・38年
日中戦争
国家総動員法
1940年
日独伊三国軍事同盟・大政翼賛会
1941年
日ソ中立条約・ハワイ真珠湾攻撃・第二次世界大戦
1942・43年
ミッドウェイ海戦で大敗・学徒出陣
1944年
B29の本土空襲・食料不足・集団疎開
1945年
広島・長崎に原爆投下・ポツダム宣言・降伏・終戦
財閥解体・農地改革・普通選挙制実施・男女共学
1946年
天皇の人間宣言・日本国憲法公布
1947・49年
教育基本法・学校教育法(6・3制)
湯川秀樹にノーベル物理学賞
1950・51年
朝鮮戦争
サンフランシスコ平和条約・日米安全保障条約
NHKテレビ放送開始
1954・56年
防衛庁・自衛隊設置
日ソ国交回復・国際連合加盟
1960年
高度経済成長に入る・公害問題
1963・64年
教科書無償化・原子力発電成功
東京オリンピック・ベトナム戦争
1965・68年
朝永振一郎にノーベル物理学賞
川端康成にノーベル文学賞
1971・72年
沖縄返還日中共同声明
1973・78年
オイルショック・江崎玲於奈にノーベル物理学賞・佐藤栄作にノーベル平和賞・日中平和友好条約
1985・86年
男女雇用機会均等法・チェルノブイリ原発事故
1987・89年
国鉄からJRへ・昭和天皇崩御