鎌倉時代

■鎌倉時代の熊本市は、どんな様子だったのでしょうか。
■熊本県全体としては、菊池氏や阿蘇氏、大矢野氏や相良氏(さがらし)が活躍したり、元寇の際に竹崎季長(すえなが=『蒙古襲来絵詞』)が登場したりしてきます(写真上は菊池神社、下は季長の墓)。菊池神社には、武時、武重、武光の3人がまつられています。一方で、荘園としては、熊本市内には、河尻庄、詫麿本庄、鹿子木庄、安富庄などがありました。
■この時代の前を古代というのに対し、この時代は中世といい、武士の世の中になります。熊本市内の武士団としては、鹿子木氏、詫麿氏、津屋氏、河尻氏、井芹氏などがいました。13世紀中頃のことです。

■前述の高田遺跡(高橋)からは、輸入されたであろう青・白磁が出土し、同貝塚からも12・13世紀の青・白磁が出土してます。当時の河川は、今とはちがっていました。ここをクリックして下さい。
中世の河川道

■なお、藤崎八幡宮の例大祭は、江戸時代までは旧暦の8月15日に御神幸行列が行われていました。それは、鎌倉時代まで連綿と受け継がれていましたが、中央での南北朝の騒乱と戦国期の動乱で衰退(すいたい)していったようです。後述する加藤清正の時代には、朝鮮半島蔚山(うるさん)城での苦戦で藤崎宮に勝利を願うという文も残っているようです。

▼源頼朝の墓 ▼鎌倉の切通  
  
▼元寇防塁跡▼元軍の服装▼小川町に残る絵巻
  
年表













1192年
源頼朝が征夷大将軍となり、鎌倉に幕府を開く
守護・地頭
政所・問注所・侍所
将軍と御家人
栄西「臨済宗」

1203年
北条氏の執権政治開始
1212年
鴨長明『方丈記』

1221年
承久の乱
1222年頃
『平家物語』
親鸞「浄土真宗」
道元「曹洞宗」

1232年
御成敗式目(51カ条の武家法典)


1235年
藤原定家「百人一首」

1250年前後
地震など災害多発
日蓮「日蓮宗」

1274年
文永の役(元寇)
一遍「時宗」

1281年
弘安の役(元寇)

1297年
徳政令(武士を救う)

1333年
足利尊氏・新田義貞らが幕府を倒す
吉田兼好『徒然草』