6.アムステルダム紀行(番外編)

◆7月31日7:35羽田発関空行きのANAに乗り、そして定刻通りの10:20発アムステルダ
ム行きの KLMで約12時間の所要時間で無事スキポール空港へ到着した。疲れたの一言
であった。宿泊地の ホテルはIBISホテルで、15分おきに空港ーホテル間を回っているシャト
ルバスに乗ってホテル到着で
あった。

◆その後、アンネフランクの家へ行こうということになり、8名全員で鉄道とタクシーと徒歩に
て行って きた。「夜と霧」でナチスのユダヤ人迫害の事実を、大学の頃、学習していたが、こ
こへ来て隠れ部屋や当時の部屋の壁などを見て、改めて当時のユダヤ人の気持ちがいたた
まれなくなったことだった。 もう一度、アンネフランクに関しては学習し、授業でも行っていか
ねばと再確認したことだった。前任校 には、そういえば、アンネのバラが栽培されていたこと
を思い出したことだった。本(「アンネ・フランク」) も購入してきたので、いい教材にもなりそう
だ。しかし、それにしても緯度が高いとはいえ、午後10時 まで夕方というのには、唖然となっ
た。「所変われば・・・・・」である、まさしく。ローマが8時まで明るか ったのも頷ける?

 
(アンネフランクの家の前)            (その家の前、運河に立つ著者)

◆引き続き、ここでの収穫ベスト3の残り2つ
は、新貨幣 とトラムである。今年1月からユー
ロが流通し始め、今回 初めて手にすることが
できた。昨年ヨーロッパに来た時は 各国通過
最後の年で、今回は新ユーロ元年で、2年続
き でいい機会に訪れることができた。
 なお、およそ1ユーロ=1ドルで117円ほど
である。

◆「市電を学習しよう」という3・4年生に行った
授業では、 ヨーロッパの市電を取り上げたの
で、まさしく教材研究に きたような感じになって
しまった。この目で、元祖超低床 電車とトラン
ジットモール
というのを見てしまった。しかも、
熊本市電と比べ、速度も早い。いい乗り物であ
る。また、 庶民の自転車利用率が高いというのもわかり、環境問題 にも日本を上回っている
と感じた。熊本市での自転車利用は、高校生が中心である。ここでは、すべての人が利用
しているようだ。すばらしい。日本も見習いたいものである。

 
(自転車置き場が整備されている)       (超低床電車)
 
(トランジットモール)
 
(中央駅)                      (運河)

◆食事終了が夜の10時、そしてホテルに帰りついたのが真夜中の12時、疲れる毎日である。
初日は、ガーナ行きを共にする先生方との飲み方、2日目は結団式に懇親会、そして12時間
飛行に続き、この日のアムステルダム強行軍である。もちろん、アンネの家が見れたのは大
収穫 であったが。

◆翌日は、11時までホテルでの自由時間、このレポートをまとめているところである。そして、
キスポール空港で搭乗手続きをとり、7時間のアクラまでの旅となる。飛行機も遅れる、遅れ
る、 40分しての出発となった。機内は黒人が中心である。機内からはアフリカ大陸に沈むき
れいな 夕日を見ることができた。とても雄大かつきれいであった。

◆そして、アクラの空港に到着。一生くるとは思わなかったアフリカの大地に、飛行機のステ
ップ より最初の一歩を踏み出した。実感がわいてきた。
 すごい、すごい、黒人パワーというのか、荷物など取れない状況と なる。また、後ろからド
ンドン 体当たりをされる。列も何もあったものではない。明らかに日本の道徳 観とは違うよ
うだ。一体、 何なのだろうか。空港は迎えの人々でごった返している。ホテル到着は、 10時、
ここから食事 (ホテル内)、土産物わけをしていたら、又しても真夜中の12時、体がもつだろ
 うか、心配になって きた。

 さて、いよいよここからが本番である。章をかえて話を書いていくことにする。

◆なお、帰りもここアムステルダムに6時間ほど、滞在することになり、土産物を少々購入
した。 木靴(鑑賞用)、チョコレート、色鉛筆、造花の置物等々である。さすがに、チューリッ
プの球根等 が多く売られていた。