2.ガーナ以前

◆ガーナ以前の海外旅行経験は、2回である。内訳は?

@1981年3月2日(月)〜3月18日(水)「アクション17 欧州縦断バスの旅」日通航空
大阪→→→成田→→→ローマ→→→フィレンツエ→→→ベニス→→→インスブルク→→→
チューリヒ→→→ハイデルベルグ→→→パリ→→→ロンドン→→→成田

A2001年8月14日(火)〜8月23日(木)「熟年ヨーロッパ周遊10日間」阪急交通
福岡→→→香港→→→ローマ→→→フィレンツエ→→→ベニス→→→ドロミテ・コルティナ
ミズリーナ→→→インスブルク→→→ノンシュバンシュタイン城→→→ユングフラウヨッホ
→→→チューリヒ→→→福岡

◆ところで、なぜヨーロッパばかりなのか、偏に個人的趣味なのだが、そのガーナ決定前の
KIEP( 熊本国際理解教育を進める会)の会報誌に以下のような内容の原稿を送ったばかり
であった。
 

   「徒然なるままに」     KIEP会員  村上浩一

 アメリカでのテロ事件(9・11)があってから、国際理解について、いろいろと
考えることが多くなった。国際理解教育の1つの重要な柱に「他国(異文化)理解」
というのがあるが、今回の事件並びに報復攻撃は「反」他国理解の最たるものではな
かったのだろうか?

 外国語教育と言えば英会話を、パソコンと言えばマックかウィンドウズを、ファス
トフードと言えばマックかケンタッキーを、炭酸飲料と言えばコーラを、・・・・・。
数え上げたら切りがないほど、日本中をアメリカ信仰が蔓延している。さらには、
バリアフリーやユニバーサルデザインの概念までもがアメリカからである。そして、
イチローも新庄も大リーグを目指し、「アメリカでは、・・・・」というセリフはビ
ジネス界の合言葉であるかのような雰囲気である。

 グローバルスタンダードという言葉がここ数年、日本を支配した。「世界標準」と
の訳らしいが、これって、アメリカの基準ではないのだろうか。冷戦が終わり、「ア
メリカ」は一種のカリスマと化したような気がする。ここ数年で、日本は大きく変わ
った。何が変えてしまったのだろうか?

 その一方で、私は、ウィンドウズでこの原稿を書き、昼ご飯にはマックを食べ、
総合学習の授業ではユニバーサルデザインを大々的に取り上げ、英会話もマスターし
ようとしている。私の周りは、「アメリカ」で覆い尽くされているし、合理的・資本
主義的考え方で生活をしている。「アメリカ」のお陰で、便利で快適な生活を、この
資源小国の日本で享受できている。反論を唱えられるような自分ではないことは百も
承知の上だ。「アメリカ」抜きでは生きていけない自分なのである。

では、その他に、アラブの「ア」でも自分の周りにあるだろうか? 「ガソリンが
あるぞ」と思ったら、すぐさま自らの頭から打ち消された。それは、アメリカが生み
出した車社会の燃料源で、その輸出入をつかさどっているのは、あの多国籍企業のテ
キサコ、エクソン、モービル、シェルだ。アラブから来たものに間違いはないが、そ
のシステムはアメリカなのだ。

アメリカとは何なのだろうか? では、日本とは何なのだろうか? 世界とは、国
際理解とは、国際理解教育とは、いやいや、そもそも私とは一体何者なのだろうか?
 曰く「人生は自分探しの連続だ」と。言いえて妙である。これからも、自分の中の
総合学習は続きそうだ。

 

◆というわけで、今回のJICAによるガーナ研修は、以下の点で私にとっては画期的であった。

@欧米以外の発展途上国であること。
A青年海外協力隊などの視察研修であること。
B国際理解教育単元の実地教材開発ができること。